スペースインベーダーの作者の伝記が出たというので読んでみた。
スペースインベーダーを創った男 西角友宏に聞く(Amazon)
この伝記本は、全部で5章の構成になっており、
・1章 生い立ちから大学を卒業して社会人になるまでのこと
・2章 タイトーの子会社に入社してビデオゲーム以前のゲームを創った経歴
・3章 インベーダー以前のビデオゲームを創った経歴
・4章 インベーダーの開発、発売後のインベーダーブームのこと
・5章 インベーダーの後の経歴
と、いう構成だ。
1章を読んだ感想としては、電車模型を作ったりラジオやスピーカーを作ったりして、普通の理系の少年という印象だ。
ソニー入社を希望していたが叶わず、最初に入ったオーディオ機器の会社で技術と関係の無いつまらない仕事をさせられたのが嫌になって1年で辞めてしまったというのが印象的だ。
悪い意味で純真というか世間知らずなのだと思った。しかし、結果論でそれで転職して天職のゲーム作りをすることになったのだから良かったのだろう。
2章ではタイトー(当時は太東貿易)の子会社のパシフィック工業に入社して、最初のつまらない新人研修や検査部でのつまらない仕事や量産設計部署の仕事を乗り越えて、開発部への異動の希望が叶って、電気+機械仕掛けのエレメカのゲームを作るようになる話だ。
スカイファイターなどのエレメカのゲームを開発し、ヒットさせたものの、2年後また資材部に異動になって開発から離れてしまった。
退職しなかったのは、職を紹介してくれた恩人の顔を立ててという浪花節な話だったという。
資材部でくすぶっているときに開発部長がデジタルICの勉強のための本を2冊渡されて勉強するように言われたのだそうだ。
どうしてこうなったのか本人はよくわからなかったという。
開発部というのが力が無くて決定権があまり無く、商品を売って稼いでいる営業部や、その商品を作っている製造部のほうが権力がある会社だったのだろう。親会社は貿易会社なので、商品を引っ張ってきてちょっと<お化粧>を施して売るという商売で成功してのし上がった幹部が子会社でも幅をきかせていたのだろうと思われる。
ちなみに、タイトーという会社はミハエル・コーガンというウクライナ人が創業した太東洋行という雑貨輸入商の会社が前身で、その後、太東貿易という貿易会社となり自販機やジュークボックスの事業からアミューズメント機器の事業に進出、その後に社名をタイトーに改めている。
パシフィック工業は、自社ブランドのアミューズメントの商品を開発、製造するために作った太東貿易の子会社だ。
完全にオリジナルの商品を開発するだけでなく、主にアメリカで流行ったエレメカのゲーム機を輸入して日本向けにアレンジした製品を開発したりもしている。
3章では、タイトーがアメリカで流行っているゲームのサンプルとして輸入したPONG(ATARI製)がパシフィック工業の資材部の脇に運ばれて来たという話から始まる。それを触って「ビデオゲームの時代が来る」と確信したのだという。
営業の人たちが、こんなもの(中身がすかすかの空っぽの筐体は)売れないと言っていたというエピソードが、実に恨み言がましいと思う。
営業の人たちの判断は外れ、他社が先行してPONGを輸入してヒットの兆しが見えてきたため、パシフィック工業でもPONGの基板を輸入して独自ブランドの筐体に入れて売りだして対抗した。
ここで、この技術が分かるのは1人だけだということで開発部から呼び戻されることになる。開発部長の苦労が偲ばれる。
PONGの技術を元にして、サッカーゲームとバスケットボールゲームというビデオゲームを開発したが、ヒットというほどでは無かった。
次に、スピードレースというゲームを開発して大ヒットを飛ばした。当時、GranTrack(ATARI製)というサンプルのレースを題材にしたゲームに不満を抱いて、エレメカのレースゲームみたいなスクロールをするゲームを作るというアイデアが成功した。
このあたりで会社の若きエースとしての立ち位置がやっと固まって、社長の覚えもめでたくなったらしい。
社長についてアメリカの展示会とATARIに出張に連れて行かれたりしたという。
その後は邪魔が入ることもなく、スピードレースの派生ゲームと、ウエスタンガン、インターセプターというゲームを開発していった。
ウエスタンガンのミッドウェイ版がマイクロプロセッサで作られているのを見て驚いたとか。(タイトー版はロジックICで作られている)
ブロック崩し(ATARI製のBREAKOUT)が巷で流行っているのを営業社員から聞かされて焦ったりとか。そこでテーブル筐体版のブロック崩しを作ってお茶を濁したのだが、これがヒットしてさらに焦ったりとか。
ブロック崩しを越えるゲームを作るというのが目標となるのだが、そのためにはマイクロプロセッサの勉強が必要だと確信する。
マイクロプロセッサの開発環境を勉強したり一部開発したりする傍らで、片手間に前のレースゲームの焼き直しのダービーゲームとかを出したり、エレメカ的なサッカーゲームを出して時間を稼いだのだそうだ。
4章では、いよいよインベーダーゲームの話となる。かなり長い話だ。
最初はブロック崩しのラケットを砲台に変えて、弾(ミサイル/ビーム)を撃ってブロックを崩すというところから始まって、的になるブロックを動かすというアイデアを経て、敵を人間にして反撃して打ち返してくるというアイデアに行き着く。(ウエスタンガンというゲームがあったというツッコミは無しで)
そして、敵が時間と共に押し寄せてくるというのも決まった。
敵を人間(兵隊)にするのは社長が嫌いそうとかで断念し、戦車や飛行機、軍艦とかを検討したがイマイチで、当時流行っていた映画スターウォーズからヒントを得て宇宙人を敵キャラクターにするというのが決まる。
イメージとしてSFのタコ型宇宙人からキャラクターを作り、それに合わせてイカ型とカニ型と他1体の合計4種類の敵とUFOを出すというのが決まった。(インベーダーは3種類に減ってしまうが)
自信作が出来てきたのだが、ほぼ完成したものを見せた営業部や販売部の反応は良くなかったという。(また営業部disり)
サウンドは後輩に任せて、あのインベーダーサウンド(発射音)ができたのだが、自分は気に入らなかったのだと白状している。
ゲームのタイトルは自分はスペースモンスターにしたかったのだが、貿易部からの要請でスペースインベーダーにタイトルを変更させられたのがもの凄く気に入らなかったのだとも言っている。
筐体イラストのデザインは、既に中川和雄という人に頼んでスターウォーズのチューバッカみたいな「モンスター」が完成していたので、スペースモンスター以外はあり得ないと思っていたのだろう。
ちなみに、舞台が月面というのも中川氏がデザインするときにゲームで遊んで「宇宙から攻めてきた敵を地球の防衛隊が月で迎え撃つ」というシナリオを考えたのだそうだ。
作者本人は、月面の地上戦というイメージは持って無くて、下が地球で宇宙のどこかからか攻めてくるとしか考えてなかったそうだ。というか全く考えていかなったように思える。
中川氏も筐体イラストなどの舞台は月面だが、地上戦といイメージではなく、下が月面で、上空からモンスターが降ってくるイメージなのだそうだ。
タコやカニの宇宙人が隊列を組んで月面上を歩いて行軍してくる、というイメージのゲームなのかと思っていたのだが、どうやら違ったようだ。
4章の後半は、スペースインベーダー発売の話だ。
まず内覧会でお披露目されたのだが、意外なことに評判は良くなかった。
出荷開始から1ヶ月くらいまでは売れ行きも悪かったのだが、その後急に人気に火が付いてインベーダーゲームが到来する。
超大ヒットで、生産が追いつかない状態になり、ライセンスをして他社も生産してインベーダーを販売した。
インベーダーゲームの筐体が大量に普及し、インベーダーゲーム専門ゲームセンターのインベーダーハウスも登場した。
会社に何百億円もの莫大な利益をもたらして、営業から「しばらく遊んでいていいぞ」と言われたのだとか。
ブームは1年で終息したが、世間に溢れかえったスペースインベーダーの筐体をどう始末を付けるのかが問題になり、対症療法として改良版のスペースインベーダーPART2を開発し、ソフトのROM部品を取り替えて対応して延命させた。工場で大量生産をしていたら、急に需要が無くなってほとんど注文がなく、不良在庫の山を抱えてしまったというありがちな落とし穴だ。(それと、品薄で予約待ちが多かったのだと思われる。やっと出荷したときにはブームが終わっていたので大量に返品させられそうになったのではないかと読み取れる。)
スペースインベーダーPART2はお茶を濁した作品だが、会社への致命的な打撃をいくぶん緩和させた。
5章では、インベーダーの祭のあとが語られる。
まずはスペースインベーダーの在庫の問題がある。大量の在庫をさばくため、基板を流用して新しいゲームソフトを開発しつづけるハメに陥った。
若手を育成し、若手と一緒にルナーレスキュー、バルーンボンバー、スペースサイクロンという基板流用型のゲームを作った。
スペースサイクロンは結局あまり生産されなかったため、今では数台しか現存せず、ほぼ幻のゲームとなっている。
その後、ゲーム開発から離脱させられて、未来商品開発部に異動し、新商品をいくつか考案するが、大きなヒットはなかったらしい。
さらにその後、パシフィック工業が親会社のタイトーに吸収合併され、コンシューマーゲーム開発の責任者になるが、ゲームを作る側ではなく、作る人や金を管理する側で面白くなかったそうだ。
結局、タイトー退社して、ドリームスという会社を作って社長となる。ただし、タイトーの顧問も続ける。
スペースインベーダーの大成功の後はずいぶんと不遇だったのだと、ちょっと読んでいて寂しくなった。
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特に4章が面白いし、今まで知られていなかったエピソードが満載なのでインベーダー世代のゲーム好きな人は絶対に買うべき本だと思う。まず4章から読むことをお薦めしたい。